【断酒241日目】幸せについてしっかり感じてちょっとだけ考える、そして最後は意志なんだ【アルコール依存症主婦】

こんにちは。アルコール依存症(予備軍)のアラフォー断酒主婦 晴花(はるか) です。

お酒をやめられない女だった私が「断酒」に至ったきっかけについてはこちら↓
【アルコール依存症主婦】断酒のきっかけについて

お酒をやめたい。でもやめられない。そんなアルコール依存症主婦の私でございましたが。

断酒241日目。
続いています。

新年度。新学期。

幼稚園の役員になっちゃいました。^^;

正直やりたくないことだし、役員って言う柄でも無いんですが。

なんかなっちゃいました。

でも。

なんだか嫌な気分ではありません。

めんどくさいし出来ればやりたくない・・・という考えが「頭」にはハッキリあるのですが、どこかドキドキわくわくもしています。

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しっかり感じてちょっとだけ考える、そして最後は意志なんだ

私は、こうして「頭」で考えることと、体が感じることが一致しないということがよく起きるのですが。

こういう時、私の場合「頭」の考えを優先するとだいたい失敗するんですよね。^^;

というのも。

私は、これまでの人生。

なぜか「こうなりたい。こうしよう。」

と、自分の「頭」でしっかりと考えて計画的にやろうとしたことって、ことごとく「ハズレ」るんです。_| ̄|○

叶わないというか、失敗すると言うか。

なんだろう・・・?

頭が悪いんかな・・・?ーー;

でも、一方で

これまたなぜか

自分の意志とは関係なく突然降ってわいた出来事の場合、

最初は「え?マジ?それ私にはちょっとなぁ・・・」と思うことでも

だいたい良い結果につながるんですよね。^^

進学も就職も結婚も全部このパターンできています。

自分がなんとなく「こうなりたいな」とイメージしていた進学先とも就職先とも結婚とも全然違う道を進んでいます。

が。

後で思うと、すべて「これで良かった」と思える結果になっているんですよねぇ。

不思議です。

ただ、これはその時リアルタイムではあまりわからず。

例えば、今でいうと

「産後もバリバリ働いている主婦」

になりたかった私ですが、只今「専業主婦」です。

このことについては悶々とすることも多かったですし、今でもそういう思いがないわけではありません。

が。

きっとこれが今の私にとっては「良い流れ」なんだという確信だけはあります。

この確信、なんの根拠も無いんですけれど。^^;

私、自分の「運」というか「自分にとって間違った流れに自分が乗ることはない」ということについては、変な自信があるのです。^^

自分の「能力」には何一つ自信は無いんですけれどね。--;

というわけで。

今回の、幼稚園の役員についても「頭」はしきりに「めんどくさい~」「めんどくさい~」「なんでなったんや私のアホ~」と文句を言っています。

が。

きっと私にとって良い事なんだろうという確信があるので大丈夫!(な、はず。笑)と信じております。


と、

ここからが、本題なんですが。

(前置き長っ!!)

こんな風にことごとく「頭」で考えると失敗し、「運」だけで生き延びてきた私なんですけれども。

「断酒」についてだけは、自分の「意志」というか「頭でしっかり考えること」が大事だと感じております。

これまでの話の流れと全く逆になりますが。

頭では「お酒をやめたい」と考えているのに、体(脳)は全然違う要求(飲酒欲求)を出してきますからねぇ。。

この壊れた脳の欲求をいちいち聞いていたら、いつまでたっても辞められません。^^;

脳は「飲みたい。飲みたい。飲みたい。」とうるさいですが。

やめたいのであれば、当たり前ですがやっぱり飲んだらダメなんですよね。

とはいえ。

(これは、断酒ブログを書いている人が言ってはいけないセリフかもしれませんが。)

本当に飲みたければ飲んだら良いんだと思います。

私は確かにお酒に救われた(お酒のおかげで乗り越えられた)時期がありました。

飲んで死ななくて済むのなら飲んだら良いと思うのです。

そうすると、どうせいつか「このまま飲んでたら死ぬ」となりますし。

そう思ったら辞めたら良いと思うのです。

(もちろんそれは簡単なことではありませんが。)

どっちが楽か好きか嫌いかしっかりと感じ。

あとは自分の意志で決める。

私は「アルコール依存症」は嫌いです。

ですが、アルコール依存症である祖父も父も大好きです。

尊敬しています。

(もちろん、お酒を飲んで暴れる面とかは嫌いですけどね。^^;)

お酒をやめられないなら、その人に「幸せな未来はない」「人間として終わり」だなんてことは無いと思っています。

祖父はもうだいぶ前に亡くなりましたが、父は生きていて「アルコール依存症」ではありますが「人間として終わって」なんかいません。

私自身は、アルコール依存症の人(断酒していない)とは一緒に暮らしたいと思いません。

が、一緒に暮らせる私の母や祖母のような人もいます。

共依存かもしれません。

他人から見ると不幸なのかもしれません。

が。

それも一つの幸せの形だと思います。

「どんな幸せの形をのぞむか?」

それは人ぞれぞれ違うものですから。


私は、

お酒に支配されないシラフで感じる幸せが欲しいです。

「そっちの世界」が好きだと感じるからです。

なので、今日も飲まない一日を過ごす選択をします。

自然に身をまかせつつ、

しっかりと自分を感じながら。

しっかりと「意志」をもって。


みなさんはどんな幸せの形が好きですか・・・?

ではでは。

コメント

  1. ゴン より:

    体で感じることに従う。
    飲まない事も体のどこかで感じてらっしゃるかもですね。
    今日も飲みませんでした。
    ありがとうございます。

    • 晴花(はるか) より:

      ★ゴンさん
      おはようございます。
      コメントありがとうございます。
      断酒続いてるんですね。素晴らしい。^ ^
      人間も絶対に「野生の勘」みたいなものってあるはずで。
      体のSOSに気づけないこともあるとは思いますが、少なくとも気づいたものについては対処していかないともったいないですよね。

  2. NISSAN より:

    こんばんは。NISSANです。
     人間否、命は限りがあります。いずれは「死」が訪れます。

     アルコール依存症の私は回復のためには「断酒」しか道はありません。そしてアルコール依存患者の平均寿命は52歳と言われています。

     私はまだ生きたいです。その手段は「断酒」だと考えています。日々、生かせてもらっている、っで酒に支配されることのない生活を送れています。それが幸せだと感じます。

     今日の一日断酒、ご一緒に!!!。

     

    • 晴花(はるか) より:

      ★NISSAN
      こんばんは!いつもコメントありがとうございます。^^
      お酒に支配されることのない生活。
      私も、幸せと感じます。^^
      もとから飲まない人にとってはなんてことないことなんですけどね。
      「幸せ」の基準なんてほんと人それぞれですね。