ドラマ「溺れる人」を見て「出来ないことが多い私」で良かった

こんにちは。晴花(はるか)です。

断酒9日目

アルコール依存症のドラマ「溺れる人」を見ました。

スポンサーリンク

ドラマ「溺れる人」

「溺れる人」は2005年の作品で、アルコール依存症と闘う女性(マリ:篠原涼子)とその家族の姿を描く、実話に基づいたドラマです。

・31歳にしてアルコール依存症の主人公。
・子供を妊娠出産する間は禁酒が出来た主人公。
・でも産後にスリップしてしまう主人公。

自分と重なる点も多く、見ているだけでスリップしそうな嫌な気持ち(←自業自得)になったりもしました。

「アルコール依存症」の人(私)は自分が「アルコール依存症」であると認めることが一番大事だということはよくわかっていますが、認めた上で多少は距離を置いて見ないと「自己嫌悪を伴う嫌な記憶」が蘇って危険だとも感じました。

このドラマを見て一番心と頭に残っているセリフは、

先生(室井滋)が言ってた以下の言葉たちです。

・アルコール依存症者にはプライドも理想も高い完全主義者が多いのよ。
・0点か100点しかなくなっちゃうってわけ。
・でもね、完全なんて目指さなくていいの。人生には0点もなければ100点もないんだから。

このくだり、とても納得できました。

以下の記事でも触れましたが、私の祖父と父はアルコール依存症です。

【関連記事】
私とお酒(1)~家族とお酒

2人ともとてもとても真面目な人でした。

そして、父はまさに「0か100」の人で。
私に対してもテストが「100点」の場合は褒めてくれましたが、「99点」だとそれは「0点と同じだ」とよく言っていたものです。

しかし、ドラマを見てこのセリフをきいて私はとてもホッとしました。

私は今「アルコール依存症」だけれども、「アルコール依存症」は私にはむいていないのではないかと。

なぜなら、私は子供の頃からまったく「完璧」でも「真面目」でもなく、「出来ない事が多い」ぐだぐだな人間だったからです。

出来ないことが多い自分だからこそ「アルコール依存症」を辞めることができる。
そう思いました。

出来ないことが多い私で良かった

主人は私の父とは真逆で、あらゆることについて「100%完璧を目指すことなんて無理」「100点を目指す必要なんてない」と常々言っている人でした。

私が結婚相手に主人を選んだ大きな理由のひとつとして、主人が「自分や他人の欠点や失敗に寛容な人」だったということがあります。

こうした人にそばにいてもらえていることは「アルコール依存症」の私にとってはとてもありがたいことなんだと改めて感じました。

私が自ら「断酒をしたい」と思えたのも、主人が酒癖の悪い私を追い詰めることなくいてくれたおかげだと感じています。

このドラマと同じように、私には大事な家族がいます。

・あなたはあなた以上の何物かになる必要はない

この言葉を頭に留めつつ、自分のためにも家族のためにも断酒を続けていきたいと改めて思いました。

そして、スリップしそうになった時は、このドラマを思い出そうと思いました。

あの主人公が入っていた鉄格子がある病院を私は知っています。
同じ病院ではありませんが、同じような部屋にアルコール依存症であった祖父も入っていたのです。

再度、お酒を呑んだ時の自分の姿は「それ」であると、忘れないようにしなければなりません。